54話:語られる真実どれくらい時間が経ったのだろう。厚い雲が立ち込め、辺りが薄暗くなってきた。桜はシートに座りなおして外の様子を見た。そろそろ約束の時間だ。「雨・・・降りそうね」 桜はグローブをはめると、目を閉じてひとつ息を吐いた。しっかりと操縦桿を握り締めて前を見据える。 ・・・雨が降り始めた。 計器を確認しながら翼は空を見下ろした。気圧がかなり落ちている。厚い雲が掛かっている。その下は雨が降っているだろう。サーチしたところこのあたりには対空迎撃システムは無いようだ。一気に高度を下げて雲の中に突入した。薄暗い雲を抜けると翼はブラック・バードを人型に変形させた。ゆっくりと破壊された市街地のはずれ、大きな公園らしき場所に着陸した。雨で視界が煙る。 「ちっ・・・霧も起きてるのか」 舌打ちすると翼は指と首ををポキポキと鳴らした。ここで全てを終わらせる。 「さぁ、どこにいるんだ?」 翼はブラック・バードをゆっくりと前進させた。 「・・・来た」 先に気づいたのは桜だった。一瞬ビルの谷間に黒い影が市街地の向こうに下りていくのが見えた。動き出したい気持ちを必死に抑えて、深呼吸する。慌ててはダメだ。“漆黒の鷹”のウリは機動力。ここならそれを封じることができる。冷静になって彼と戦えば勝てない相手ではない。つばを飲み込んで、肩をほぐす。もう一度操縦桿を握り締めた。 「もっと・・・こっちに・・・」 ハイジェンは2本のブレードを起動させた。 全開で飛ばすレッド・バードのコクピットではレッシュが歯をかみ締め、ヴィラが指を絡めて祈っていた。 「レッシュ君!・・・あとどれくらいなの?」 「くっ・・・あと・・・」 レッシュが調べるより早くEVEが答えた。突然の声にヴィラは驚いた。 「約15分よ」 「な!何?」 驚くヴィラにEVEが小さく謝った。 「ごめんなさい・・・脅かすつもりは無かったから」 「あ・・・あなたがEVEなの?」 ヴィラは全面の小さなモニターに“彼女”の情報が表示されるのを見た。直に話すのはこれが初めてだった。 「翼君はそこにいるのね?」 「おそらく」 「EVE」 2人の会話にレッシュが割って入った。真剣な目つきでEVEに問いかけた。 「ヴィラが居る状態で“リンカー”は可能なのか?」 「大丈夫よ・・・でも、“違和感”を感じるわ・・・それだけは気をつけて」 「ああ、わかった」 レッシュは頷くと操縦桿を握りなおす。ヴィラは後ろの席で目を丸くするだけだった。レッシュの存在もそうだが、EVEの存在もヴィラの中では“想定外”に当たる。「ごめんなさい」とヴィラは謝った。レッシュは遠くに見える雨雲を見つめる。 「あそこか・・・」 レッド・バードは高度を落として真っ直ぐ雨雲が掛かった街へと飛んでいった。 「ん・・・?」 外は雨が降りしきっている。翼は熱感知レーダーの一部に異様な点を見つけた。そこだけ気温が高い。霧の状態も濃いようだ。翼は直感でそこにGがいることを感じ取った。ブレードの熱による反応だ。それに比べてブラック・バードは元々戦闘機な為、放熱効率はいい。低級な熱感知レーダーならはずは発見されない。しかもこの霧だと目視にたよるしかない。翼はにやりと笑った。 「あそこか・・・」 ブラック・バードはデュアル・リニアライフルを構えた。熱感知を頼りにマニュアルでロックした。1発目で建物を破壊し、2発目で当てる。致命傷は与えなくても初撃には十分だ。翼はトリガーを引いた。連続でリニア弾が発射される。 「行けっ!」 ビルの窓ガラスとコンクリートが砕け散り、何かに着弾する音が聞こえた。が、翼の顔は渋い表情のままだった。手ごたえが無い。その瞬間、ロック警戒シグナルがコクピットに鳴り響いた。 「何!?」 「やあぁっ!!」 ブラック・バードの真上にハイジェンが躍り出た。桜は叫びながらバルカンを撃ち、ブレードを振り下ろす。翼が撃った向こうでは廃棄されたグロウの胸部ユニット左腕、そこには光るブレードが持たれていた。桜の張った罠だった。 「くそっ!!」 とっさに反応したブラック・バードは水しぶきを上げて滑る様にしてその場から脱出した。ハイジェンは着地する。桜はブラック・バードを睨みつけるとすぐさまペダルを踏み込んで加速した。 「はぁっ!!」 「ちっ!」 翼はブラック・バードの背中がビルであることに気づいた。これ以上は引けない。舌打ちして、ブラック・バードは2本のブレードを展開した。2機のG、4本のブレードが激突する。 「漆黒の鷹!!」 「乱れ桜!!」 桜はスラスターを全開にした。ブラック・バードをいつものように押すつもりだった。が、一瞬にしてブラック・バードに弾き飛ばされた。ハイジェンの出力はブラック・バードの遠く及ばない。嘗てのグロリアス・バーサスでもフライング・アタッチメントがないと互角に戦えなかった。 「きゃあああ!!」 押し返されたハイジェンはビルに叩きつけられる。ガラスが飛び散りコクピットに衝撃が襲う。桜のシートベルトがきつく体に食い込んだ。翼は拍子抜けだった攻撃に軽く失望した。 「この程度かよ!?乱れ桜!」 一気にブラック・バードは上空に飛び上がるとデュアル・リニアライフルを放った。雨の中を雨のように弾丸が降り注ぐ。桜はペダルを思いっきり踏み込んでスラスターを全開にした。機体がビルから脱出するため激しく振動する。辛うじて直撃を避けた桜だったが左側に強い衝撃を受けた。ハイジェンの左肩の装甲が破壊される。桜のハイジェンは街の一段低くなった地下道路に逃げ込んだ。 「はぁはぁ・・・くっ」 肩で息をしながら桜は辺りを見回した。強い。不慣れな機体のせいかより強く感じる。左の死角を移すモニターにノイズが走っている。どうやら損傷は肩の装甲だけで稼動部分に今のところエラーは見られない。霧が地下道を包んでいた。とりあえず、うっすら光の見える反対側から出ることを考えた。翼のブラック・バードは高層ビルの上のヘリポートに着地すると辺りを見回した。霧がさっきより濃くなっている。 「どこに行きやがった・・・?」 ブラック・バードはビルから飛び降りると霧の中に消えて行った。 桜はゆっくりとハイジェンをトンネルの出口へ向かわせた。トンネルを抜けたその先は開けた場所だった。瓦礫が、車が所々に点在しているが芝生があるところから公園だったようだ。だが、開けた場所に出たのは桜は思っても居なかった。このままだとヤバい。案の定ロック警戒シグナルが鳴り響いた。 「見つけた!!」 「しまっ!」 翼は引き金を引いた。ブラック・バードは空中からライフルを放った。桜は唇をかみ締めてペダルを思いっきり踏み込む。ハイジェンが急加速し、地面に弾が突き刺さった。間一髪だ。180°方向転換し、牽制でバルカンを放った。 「はあっ!」 「!?」 機体を戦闘機形態へと変形させ、一気に加速する。高層ビルに囲まれた公園の中心部に出てしまった桜のハイジェンは恰好の的だ。ブラック・バードは一気に背後を取った。人型に変形しロックを掛けた。翼は引き金を引き、リニアライフルが放たれた。 「終わりだ!!」 ハイジェンに弾丸が直撃する。が、爆発が起きなかった。ハイジェンはスラスター全開にし、ブラック・バードから一気に距離を取った。さっきまでハイジェンが居た場所には破壊された装甲が落ちていた。 「背部追加装甲・・・ハイジェンの特殊オプションか!?」 「はあっ・・・くっ」 助かった。この機体はハイジェンの時期モデルの生産先行量産型だった。背部に追加装甲が標準装備され、胸部、脚部にもそれと同じものが取り付けられている。桜は思い切って全ての追加装甲を排除した。バラバラと装甲が落ち、雨の中細身の灰色の機体が現れた。 「これで一気に!」 桜はペダルを踏み込みスラスターを全開にすると、ブラック・バードに突撃した。さっきよりも速い。ブラック・バードはリニアライフルを放った。 「ちっ!」 「遅い!」 横への平行移動で回避するとブレードを振って斬りかかって来る。ブラック・バードは再びブレードを展開し、激突した。互いの叫びがぶつかる。 「もう全部終わらせる!!」 「そうは行くか!・・・お前が死ぬんだ!!」 今度は押し返されずに2機は睨みあった。桜は踏み込みっぱなしのペダルに力が入る。汗が頬を伝った。翼は一旦引いて、一気に飛び上がった。それを追ってハイジェンも飛び上がる。 「死ねっ!!」 「ちっ!」 その瞬間だった。ロック警戒シグナルと同時にブラック・バードの背部に取り付けてあったリニアライフルを弾丸が吹き飛ばした。 「何!?」 「え!?」 驚く桜にブラック・バードは空中で1回転して公園の端に着地した。ハイジェンも離れて着地する。帽子を被りなおすと男は全機に指示を出した。あの基地に居た男だった。 「全機攻撃開始!」 合図と同時にカモフラージュマントを弾き上げると何機ものGが現れた。ブラック・バードのレーダー反応を埋める。翼は歯をかみ締めて拳を操縦桿の横に叩き付けた。 「ちっ、やっぱこういうことかよ!?」 翼の声に驚いて桜は言い返した。自分でも何が起きているかわからない。 「知らないわ!私は・・・」 桜の言葉を遮って翼の声が響く。 「はあっ?・・・アレは何だ?見事にハメやがったな・・・まあ、予想していたことだったがここまでの数とはな」 「何言ってるの!?私は知らないわ。・・・あんなの頼んだ覚えも無いわ!」 腕を振って桜は必死に叫び返した。その時桜のGがロックされた。 「・・・え?」 マシンガンが放たれハイジェンは飛び上がって回避した。ブラック・バードの背後からも射撃されお互い背中同士で向き合う形になってしまった。ビルの合間、ビルの上にGが現れ周りを取り囲んだ。その時桜のコクピットに通信が響いた。 「“乱れ桜”・・・それに・・・あれは“漆黒の鷹”か」 「な・・・に?」 驚く桜に男は続けた。 「あんたがGを奪ってから尾行させてもらったのだよ。・・・そしたら・・・運がいいことに“漆黒の鷹”まで居る。・・・遠出した甲斐があったな」 「何を!?」 「まあ、いい。あんた諸共死んでもらうぞ、“漆黒の鷹”」 その通信が聞こえ翼は舌打ちした。どうやら“乱れ桜”もハメられたようだ。翼は辺りを見回しながら桜に話しかけた。 「どうやら、あんたもハメられたみたいだな」 「だから言ってるでしょ!」 そう言うと仕掛けて来たG達に翼と桜は同時に反撃に打って出た。ブラック・バードは一気に飛び上がって1機のグロウを真っ二つに斬った。ハイジェンは地面のアスファルトを滑り放たれたライフルを回避してすれ違いざまにシャイニングを斬った。その場で回転しその横にいたシャイニングを続けざまに斬った。ブラック・バードは上下の運動を繰り返して敵をかく乱する。 「落ち着け!相手はたった2機!しかも、射撃兵器は無い。遠距離から仕掛けるんだ」 男はそう言うとG部隊を後退させる。機動力のあるブラック・バードは問題なく攻撃を回避し、後退が遅かったGを1機、また1機と倒していった。が、ハイジェンは的にされてしまう。相手に近づけない。ギリギリで回避するがすでに限界だった。もう持たない。 「ダメ・・・数が多すぎるっ・・・」 ハイジェンが公園から何とか逃げビルの谷間の1つ目のブロックに差し掛かった瞬間、すぐ横にバズーカを構えたグロリアスがそこにいた。桜の血の気が引く。直撃する。 「きゃあああ!!」 その瞬間、グロリアスのバズーカを両腕ごと光が包んだ。強烈な光にさらされグロリアスの腕とバズーカは爆発し、倒れこんだ。この独特の発射音、命の危機を脱した桜は雨の落ちる空を見上げた。そこには赤いあのGがいる。レッド・バードだ。 「レッシュ!!」 レッド・バードはそのまま公園の方へ飛んでいった。それを桜も追いかける。レッド・バードの後部座席でヴィラが尋ねた。 「今のは?」 「わからない・・・。だが、この数・・・ただ事じゃないぞ」 翼は直感的にこのハイジェンとブラック・バードをこの大量のGが狙っていることに気づいた。ブラック・バードもレッド・バードを見つけた。 「レッシュ!?」 「タカ!無事か!?」 「翼君!!」 レッシュの救援に驚いた翼だったが、レッド・バードにヴィラが乗っていることにもっと驚いた。 「何でヴィラが乗ってるんだよ!?」 その問いかけにヴィラは迷い無く答えた。 「あなたが心配だからよ!!」 その言葉に翼はふっと笑った。とりあえず、助かった。ブレードだけではこの市街地ではどうにもならない。指揮する男も、前線からの通信によるレッド・バードの登場に驚いた。 「馬鹿な・・・“深紅の鷹”だと!?」 レッド・バードが現れたことが全G隊員へと伝わった。同じように皆驚く。“漆黒の鷹”と“深紅の鷹”は仲間という情報がある。それだけでも脅威だ。男はマイクに叫ぶ。 「怯むな!この地形を以ってすれば勝てない相手ではない!・・・気を引き締めろ!」 「了解!」 「了解っ」 威勢のいい返事に男は頷いた。だが、カメラから送られる雨に煙る街に浮かび上がる赤い機体と黒い機体を見て男は腕を組んだ。 「レッシュ!」 レッド・バードに向かってハイジェンが突っ込んでくる。それを見てレッド・バードは驚いた。“あれ”は敵ではないはず。その間にブラック・バードが割り込んで止めた。丸腰のGを受け止める形になった。 「お前っ!!」 「レッシュに会わせて!!」 桜は涙声で叫んだ。ハイジェンはブラック・バードに振り払うと一旦後退し、ブレードを展開した。そして、ブラック・バードに突撃する。 「どいて!レッシュに!」 「いい加減にしろ!!」 ブラック・バードは斬らずにハイジェンを蹴り飛ばした。ビルに叩きつけられガラスの破片が落ちる。コクピットで桜が呻いた。グラビティ・キャンセラーが働いていない。ダイレクトにその衝撃が全て桜の首と肩と腰に掛かる。 「ぎゃああっ!」 鈍い「ビキッ」という音がして胸に痛みが走った。どうやら肋骨が折れたか、ヒビが入ったようだ。胸を押さえて桜の呼吸が荒くなる。ゆっくりと顔を上げてレッド・バードを見た。届きそうで届かないその距離が辛い。レッド・バードは公園を中心に次々とGを行動不能にしていく。“シルバー・アロー”の前ではビルも多少の距離も関係ない。ビルごとGを倒していく。 「なんだあの兵器は!?」 「俺達がどこにいるか分かってるのか・・・?」 そのレッド・バードの力に背筋が凍る。圧倒的過ぎる上にあの動き、人間のようだった。滑らかな動きで無駄が無い。 「右!・・・左!3時40°!」 EVEが次々と敵機を発見しレッシュにダイレクトに伝える。ヘッドフォンを掛けたヴィラは翼とハイジェンのパイロットのやり取りに気づいた。 「翼君!」 「お前はレッシュに会ってもお前のものにはならねぇぞ!」 「っ・・・そんなの・・・あんたが私の夫を殺さなければ・・・」 涙を流しながら桜は言い返した。翼は冷静な声で言い返す。 「だから、レッシュを奪うのか?お前と同じ悲しみを優美に背負わせるのか!?」 「知らないわ!あの子がどうなろうと、私はレッシュが!!」 「動くなよ・・・旦那のもとに送ってやる」 そこまで聞いてヴィラは口元を押さえた。どこかで聞いたことがある。 「EVE!」 「はい!」 ヴィラはあのハイジェンに通信を繋ぐように言った。レッシュが許可を出すとすぐに通信が繋がる。レッド・バードがビルの屋上にいた狙撃装備のGを撃ち落した。 「ハイジェンのパイロット!・・・あんた“乱れ桜”ね」 「え・・・何・・・?」 突然の通信に桜は驚いた。ヴィラは桜に向かって叫んだ。 「翼君を傷つけるなら私が許さないわ!」 「・・・翼・・・君?そう・・・あなた翼、って名前なのね」 それを聞いて桜はブレードを構えたブラック・バードを見た。砂嵐で時々画像が乱れている。翼はコクピットで舌打ちした。 「お前・・・」 桜はふっと笑ってヴィラに言った。胸がズキズキと痛む。 「あなたが誰だが知らないけど・・・あの男は私の夫を目の前で殺したのよ!“仲間だった”夫を!」 「・・・殺した・・・?仲間・・・?」 そこまで聞いてヴィラははっと思い出した。 ブリッツェンに聞いたことがあった。 2年前の出来事を。嘗て、翼が“仲間だった男”を殺したことを。 そのことを翼には言うなと言われていたと言う事を。 そしてその真実を・・・。 ヴィラは桜に向かって必死に叫んだ。あのことを伝えなくてはならない。この状況では口止めされていようが関係なかった。 「“あれ”は事故よ!!」 「・・・何を!?」 「私は知ってるわ・・・。あの真実を」 そこまで聞いて翼が割って入った。その声は怒りに満ちている。 「それ以上言うんじゃねぇ!!」 「翼君は黙ってて!!・・・この分からず屋に全部話してあげるわ!」 レッシュも後部座席のただならぬ雰囲気に驚く。そして、“あれは事故”という言葉が引っかかった。 「事故・・・?」 ヴィラは桜に向かって叫んだ。桜はそれを涙が溜まった目を見開いて聞いた。 「あのとき・・・“仲間だった人”と翼君は“白いG”を撃破したのよ・・・でも、その“白いG”はお互いのGに幻を見せた・・・。お互いが“白いG”だと見えるように!!」 そんな嘘のような話を桜が信じるはずは無い。 「何よ・・・もっとましな嘘をつけないの!?・・・くっ」 叫んだことで胸に激痛が走った。胸を押さえてうずくまる。だが、ヴィラは構わずに続けた。 「“エデン・チルドレン”は機体を人間のように操るだけじゃないのよ!・・・Gが関係しているならモニターに作用して幻を見せることも可能なのよ!!・・・それで、翼君も、あんたの夫もお互いが敵だと思って殺しあったの・・・。“あれ”は事故なのよ!!あいつらの“力”は・・・脅威なのよ!」 「事故・・・って・・・?」 だが、桜はやっぱり信用できない。“エデン・チルドレン”全てが脅威と言われているようでレッシュを、彼を否定されている気分はあまりよくない。大きく首を左右に振った。 「あなたはレッシュも“脅威”だって言うの!?」 ヴィラは目を閉じて首を横に振った。今度は優しい声で言う。 「レッシュ君は違うわ。この人は・・・愛されているもの」 「何を・・・」 桜はヴィラの言葉に首を振った。だが、その“愛されている”という言葉に彼女のことが浮かぶ。あの“ユミ”という少女のことが。 「そんなの・・・私は、あんたから話を聞かないと納得できない!!」 「・・・」 ブラック・バードを睨みつけて桜は叫んだ。ぺダルを全開に踏み込んでスラスターを全開にする。一気に加速したハイジェンをブラック・バードは一蹴した。ブレードで両腕を切断され吹き飛ばされる。地面に滅茶苦茶に叩きつけられコクピットに凄まじい衝撃が襲った。 「ぎゃああああっ!!」 息が荒いまま桜はコクピットから転げ出た。痛む体を引きずって桜は、土砂降りの中ブラック・バードに向かって拳銃を撃ちまくった。 「降りてきなさいよ!!殺してやるわ!!」 叫ぶ声が雨にかき消されようと、桜は撃ちまくった。体が痛むのも、頭から血が流れていようとも関係なかった。弾が切れるとカートリッジを放り投げて、新しいカートリッジを入れる。また、ブラック・バードに向かって拳銃を撃ち始めた。それを見て翼はゆっくりとブラック・バードを着地させた。桜はそれをじっと見つめた。コクピットが開いて翼が降りる。レッド・バードはGを一掃するとゆっくりとブラック・バードの横に着地した。指揮官の男は驚愕する。あれだけいたGがたった1機のGの前に敗れ去った。 「馬鹿な・・・全滅だと・・・?」 「・・・」 黙って翼は桜に歩み寄った。その行動にヴィラが叫ぶ。 「翼君!!」 「黙れ」 ヘルメットに内蔵された通信機を切ると翼はヘルメットを脱いで捨てた。それを見てまだ何か言おうとしたヴィラをレッシュが制した。 「待て・・・今はタカを信じるんだ」 「・・・っ」 ヴィラはその2人をモニター越しにみた。翼と桜は近づいてお互いの顔がはっきり見える距離にまで近づいた。桜色の泥だらけのパイロットスーツが見える。桜は真っ直ぐ翼に銃を向けた。雨が更に激しくなる。 「“漆黒の鷹”・・・」 「あんたが・・・そうか」 お互いはお互いの顔を見た。憎しみに歪んだ桜の表情と、暗い表情を浮かべる翼を降りしきる雨が濡らす。桜は憎しみの全てをぶつけた。 「あんたは私の・・・私の最愛の夫を殺した!!・・・あんたを殺すわ!!」 涙が流れたが雨でそれは分からない。引き金を引こうとした桜に翼はゆっくりと顔を上げて両手を広げた。ただ一言だけ翼は言った。 「殺せ」 「くっ・・・生きてるな」 パイロットはGにスナイパーライフルを再び構えさせると上半身だけの機体で何とか射撃体勢をとった。エネルギーを収束し、一撃に掛ける。そのスコープにはレッド・バードが映っていた。 「・・・見ていろ」 パイロットはゆっくりと舌なめずりをした 「翼君!」 翼のとった行動にヴィラは身を乗り出さんばかりにモニターにかじり付いた。もう見ていられない。 「レッシュ君!下ろして!」 「ダメだ」 「下ろして!!」 「ダメだって言ってるだろ!!」 振り返ったレッシュの目が一瞬赤く見えてヴィラは恐怖で動けなくなった。あの目、翼の、ヴィラの嫌いな目に似ている。ヴィラは押し黙ってそのモニターを見た。 「殺せよ」 突然のことに桜は目を見開いて驚いた。今までのGパイロットとしての彼とは違う彼に桜は戸惑った。 「な・・・」 「どうした殺さないのか?」 そう言うと翼はため息をついた。ゆっくりと雨が降る灰色の空を見上げた。シャワーのように振る雨が心地いい。翼は目を閉じる。 「本当に・・・殺すわよ」 「ああ・・・」 桜は明らかに躊躇していた。拳銃を持つ手が震える。そして、桜は翼に聞いた。 「本当なの・・・?」 「ああっ?・・・何が?」 目を開いてこっちをみた翼に桜は銃を突きつけながら彼女が言ったことを聞いた。 「あれは事故だったって・・・幻を見せられた、って・・・」 「・・・聞いてどうする?」 翼の問いかけに桜は返答に困った。ただ、知りたいそれだけが桜の動機だった。 「知りたいのよ・・・本当のことが・・・だからっ・・・教えて」 「知りたいか・・・?」 桜の声は雨に消えそうなほど小さな声だった。その声に翼はゆっくり目を閉じて開いた。 「・・・ああ。本当だ」 翼はゆっくりと続けた。 「だが・・・俺があの男を殺したことには変わりは無い。お前が俺を殺すならそうしろ。・・・俺は抵抗しない」 「そんな・・・」 桜は震える声で翼に叫んだ。 翼はひとつ息を吐いて更に2歩、桜に歩み寄った。拳銃を持つ手が震える。翼がゆっくりと口を開いた。 「あんたに伝えたいことがある」 「何・・・?」 桜は目を開いた。翼の言葉に息を止める。 「あんたの旦那が・・・最後に言ったことは・・・“桜を愛してる、君は悪くない・・・ありがとう”」 その言葉を聞いて桜は1歩進んで翼の胸に銃口を押し付けた。 「嘘よ!!」 「嘘じゃねぇよ」 「嘘よ!!」 「嘘じゃねぇ、つってんだろ!・・・これからお前に殺されるんだ。最後に嘘ついてどうすんだよ・・・」 「嘘って言ってよ!!」 「だから・・・嘘じゃねぇ、って。・・・殺すならさっさとやってくれ。・・・俺はあの時の重責にもう疲れた。・・・忘れたくても・・・今でもあいつが夢に出て俺を苦しめる・・・“君は悪くない”・・・それが俺を・・・。俺は疲れた・・・もう」 「嘘・・・嘘よ・・・っ・・・なんで・・・」 翼がそう言うと桜はその場で崩れ落ちた。銃が手から滑り落ち、割れたアスファルトの上の茶色く濁った水溜りに落ちる。激しく降る雨が桜の泣き叫ぶ声を掻き消した。 「わあぁぁぁっ!!」 翼はゆっくりと桜を見下ろすとそのあと空を見上げた。相変わらず強い雨が降りしきっている。 その様子を見てヴィラはほっと胸を撫でおろした。大きくため息をつく。その時、EVEがけたたましく叫んだ。 「ゲート反応!!」 「何!?」 その瞬間空が割れて白いGが現れた。ダッジだった。それを見てレッシュの目が赤く変わる。 「あいつは!!」 「きゃっ・・・」 EVEのコントロールを振り切りレッド・バードを飛び上がった。ヴィラも掛かるGとレッシュの変わりように必死にシートにしがみついた。翼はそれを見上げて舌打ちする。“D”はレッド・バードを睨みつける。 「俺のプライドは傷つけられた・・・。まずは“F”お前だ!!・・・“ヴァイル”!」 “D”が叫ぶとワイングラス型のオービットが射出されエネルギー弾がレッド・バードを包んだ。それを全て回避したレッシュだった、背後に翼たちがいることに気づいてはっとした。 「タカ!!」 「くそっ!!」 「きゃっ!」 翼は崩れ落ちたままの桜を抱きかかえるとブラック・バードの影に走りこんだ。ハイジェンにエネルギー弾が突き刺さり、爆発する。桜は思わず叫んだ。 「きゃああ!!」 それをみてレッシュもほっとため息をついた。 「はあっ・・・」 思わぬ翼の行動に桜は抱きかかえられた状態から離れ思いっきり叫んだ。また胸が痛む。 「何で助けたの!?」 「さぁな、人を助けるのに理由は要らねぇだろ・・・敵であっても、だ」 翼の言葉に涙を流したままの瞳で桜は翼を見つめた。その言葉は“あの人”が言っていた言葉だった。 「まあ、優美が言ってることだけどな」 “ユミ”という単語に桜の思考は正常な働きをしなくなった。 「ほっとけば、私は死んであんたを狙うことも無いのに!」 「いい加減にしろ!」 翼は思いっきり桜の頬を叩いた。叩かれた方の頬を押さえて桜は翼を見上げた。頬がじんじんと響き、熱を帯びてくる。下唇をかみ締めて。桜はまた俯いた。 「“D”!!」 「“F”!!“E”諸共死ね!!」 “D”は“ヴァイル”をレッド・バードの周辺に展開させる。エネルギー弾がレッド・バードを襲った。レッシュは最小限の動きでそれを回避した。 「くっ・・・生意気な!」 “ヴァイル”の配置を変え逃げ場が無いように構築しなおした。“D”がレッド・バードを睨みつけた時だった。 その時、3人が同時に反応した。 「レッシュ!未確認機接近!!・・・これは!?」 「何だ!?・・・“イクシーダー”だと!?」 「この感覚は・・・!」 「レッシュ!!」 その言葉とともに純白に輝くGが舞い降りた。体の2~3倍もあるような大きな翼を広げ、両腕にライフルを持っていた。そして、そのコクピットには白いミニのワンピース姿の優美がいた。 「優美!!・・・無事だったのか」 「レッシュ!!・・・うん、無事だよ・・・私ちゃんと生きてるよ」 優美の声を聞いてレッシュの瞳は赤からいつもの緑に変わった。優美もレッシュの声にほっとする。が、エリーゼのイクシード能力の限界だった。 「ごめん・・・もう無理・・・着地するわ」 「はい・・・」 優美は頷くと集中した。浮力を失いゆっくりと地面に降りる。エリーゼは目を閉じると深い緑の目からもとの色に戻った。眼鏡を掛けて、一つ息を吐いた。羽が畳まれマントを羽織ったようになった。そのGを見て“D”は叫んだ。 「何だこれは!?」 だが、今は“F”と“E”を消すのが先だ。しかも、さっきまでの力は見えない。隙だらけだ。“ヴァイル”に攻撃指示を出した。EVEが反応するが間に合わない。 「レッシュ!」 「しまっ・・・」 「“ヴァイル”!!」 レッド・バードをエネルギー弾が襲った。回避運動を取ったレッシュだったが、背中のウィングとバランサーに被弾する。よろけながら地面へと落ちていった。 「レッシュ!!」 優美は機体を加速させようとしたがシルバリアスはうんともすんとも言わなくなった。今まではエリーゼの力を借りて動いていただけ。優美だけの力ではなかった。落ちるレッド・バードにスナイパーからの魔の手が迫る。 「捉えた・・・死ね」 収束されたエネルギー弾が発射され、レッド・バードに真っ直ぐ向かっていった。レッシュもEVEもそれに気づくがもうどうしようもない。 「くそっ!」 「レッシュ!!」 優美は力いっぱい叫んだ。 エリーゼの言葉が反芻される。 “彼を守るのはあなた自身よ” “あなたには力がある” “私には分かるわ” 「そんなの・・・」 今、レッシュを守れなければ意味はない。 その力がないとレッシュを守れない。 レッシュを守りたい。 でも・・・レッシュを守れない。 「そんなの・・・」 優美は首を振って目をぎゅっとつぶった。 彼を守りたい、ただそれだけ。 眠っている力。 今、その力が要る。 優美は目を開いた。 「そんなの・・・イヤ!!」 その瞬間だった。優美の世界が変わった。 ひんやりとした世界。 不思議な感覚だった。優美はゆっくりと“自分の手”を見た。機械の手。シルバリアスの右手だった。その手には“R-5”と呼ばれるエネルギーライフルを持っている。ゆっくりと、レッド・バードを見た。そういえば、前にも同じ感覚を味わったことがあった。だが、その時より遥かに鮮明に感じる。世界がスローモーションで動いていた。レッド・バードに迫るエネルギー弾。優美はイメージした。イメージというより優美は今までそれを知っていたかのように、その使い方を教わった訳でもないのに、それを使った。 「守って!!」 優美の言葉に反応し、“FOUS”が光った。スローモーションの世界が元のスピードに戻る。レッド・バードに迫ったエネルギー弾は着弾する寸前で、宙に浮く白い盾に阻まれた。その盾はエネルギー弾を拡散させると、エネルギー弾が発射された方向にエネルギー砲の発射口を向けた。エネルギー弾が発射され、スナイパーの機体の銃だけを破壊した。 「っぐあ!」 レッド・バードは何とか着地してその純白の機体をレッシュは見た。また、大きな翼をそのGは広げている。“盾”がゆっくりとその純白のGの羽の一部に戻った。乗っていたエリーゼもコンピューターに表示された数値に口を開けっ放して驚いた。レッシュは優美の乗るGの動きに驚愕する。レッシュは小さく彼女の前を呟いた。 「・・・優美?」 髪の毛の色が変わっている。透き通るような金色だった。 優美がゆっくりと目を開いた。 その目は美しく透き通った深い緑色をしていた。 |